ブログ
※こちらのサイトはホームページの見本サイトです。
昼すぎ、窓ガラスを打っていた雨が静かに遠のきました。空気の色が変わるのを感じながら、わたしは小さな鍵盤の前に腰かけます。濡れた土の匂いがやさしく入りこんできて、フロアの空気がひとつにまとまるようでした。「少しだけ弾いてもいいですか」とお声をかけると、何人かがうなずいてくださいます。指をならすように低い音から始めて、知っている童謡へ。歌詞が全部思い出せなくても大丈夫です。鼻歌になっても、手拍子でも、音に身をあずける時間を一緒に楽しみます。
雨の午後、音で寄り添う
歌の合間に、温かい飲みものを少しずつ。嚥下が不安な方には温度や濃さを調整して、香りのよいほうじ茶や、やさしい甘さのココアをお出しします。カップを持つ手が疲れていないか、姿勢がつらくないか、その都度確認しながら、椅子の位置やクッションを整えます。鍵盤の上で指が止まる瞬間、ふと「昔の家にも小さなピアノがあったのよ」と話してくださって、そこから子ども時代の思い出に会いに行くように言葉が続いていきました。雨が降るたびに耳に残るメロディがあるのだと、わたしは初めて知りました。
夕暮れ、記憶がやさしくほどける
雨あがりの空が明るくなってきたので、窓を少しだけ開けました。湿った風がゆっくりと流れ込み、カーテンの端がかすかに揺れます。歩行器を使っている方と廊下を一往復すると、足運びが先ほどよりも軽くなっていました。戻ってから再びピアノの前に座ると、さっきより高い音がきれいに響きます。「この曲、孫の発表会でも聴いたわ」と穏やかな声がして、わたしは譜面の端に今日の日付と曲名を小さくメモしました。片づけが終わるころには、フロアに落ち着いた余韻が残り、外の水たまりに空の色が映っていました。今日の記録には、水分がしっかりとれていたこと、歌の時間で姿勢が安定していたこと、そして何より、みなさまの表情がやわらいでいたことを書き留めました。明日は晴れるでしょうか。どんな空の下でも、ここでの暮らしが心地よく続いていくように、変わらないやさしさでお迎えします。